『茶の本』を手にして

 もし自分に、「あらゆる書物を捨て、旅に出でよ」と天命が下るとするならば、私は躊躇せず着の身着のままの旅を始めるに違いない。しかし唯一、その天命に抗えることができるならば、私は一冊の本、岡倉天心の『茶の本』を片手に旅を続けることを乞うだろう――。
 そんなファンタジックな絵空事を、日常で雑念を抱く隙間に差し入れたりして、酒をいっぱいやるのと同じように酩酊し、空虚な気持ちを鎮めるためのスパイスにすることが20代の頃によくあった。
 しかし何故そのスパイスが、『茶の本』だったのだろう。

 しばらくそんなことは忘れかけていた。が、筑摩書房のPR誌『ちくま』を見ていて、ふとそれを思い出した。比較文学者・中村和恵さんの「天心の『日本』を問い直す―岡倉天心コレクション」の随筆がそこにあったからである。

 もうすっかり茶褐色に変色してしまった1994年第84刷発行の、岩波文庫『茶の本』(岡倉覚三著・村岡博訳)。表紙には原本『THE BOOK OF TEA』の写真と福原麟太郎の解説の一部が記されている。私はおそらくこれを頼りに、刷られたばかりの1994年にこの一冊を買ったのだと思う。そうして岩波文庫特有の紙質――既に赤みがかっている――はより深く経年劣化で茶褐色に変色した…。

 古紙にトラディショナルな明朝体活字が際立つ。

《ほんとうの茶人チャールズ・ラムは、「ひそかに善を行なって偶然にこれが現われることが何よりの愉快である。」というところに茶道の真髄を伝えている。というわけは、茶道は美を見いださんがために美を隠す術であり、現わすことをはばかるようなものをほのめかす術である》

 頭をぶち抜かれたような衝撃を、当時22歳の私は受けた。自分が音楽を作り込んでいく過程で、それと共通するような思いに駆られたからだ。
 …一曲の音楽の集合体である音群から、作り手の《心性》と《情念》は聴者に聴こえるものではない。しかしそこに《心性》と《情念》を込めるとは、一体どういう状態を指すのか。無心になって作り得た音と声、あるいは何かの《心性》と《情念》を抱きながら作り得た音と声、そしてそれらとはまったく違う、気分を損なった音と声、嘘と欺瞞に満ちた心で作り得た音と声。これらの差異を聴き分ける超人的感覚は、何人も得ていないのではないか…。

 上述した天心の文章の後に、こうある。
《…「不完全」を真摯に静観してこそ、東西相会して互いに慰めることができるであろう》

 茶の湯の精神と音楽作りにおける精神の持ちようと作法は、共通する部分が多くある。20代の頃にそんなことを思った。だがあくまでそれは、胸の内の問題であった。

 私は『茶の本』の中で、利休の、露地と少庵にまつわるこの一節が好きである。
《「父上、これ以上はもうすることがありません。飛び石は三度も洗いましたし、石も、一枚の葉も落ちてはいません」
 すると、利休は「未熟者」と叱りつけた。
「露地というものはそんな風に掃くものではない」
 こう言って利休は庭に降り立つと、一本の木をゆすり、庭一面に、秋の錦を切れ切れにしたような金と朱の葉を撒き散らした。利休が求めたのは単なる清潔ということではなくて、美しく自然らしいということだったのである》
(大久保喬樹訳『新訳 茶の本』角川ソフィア文庫より引用)

*

 しかし――生きてゆくとは、あらゆる雑念が身体に、毛髪の如く絡み付いてくるようなもので、つい今し方まで、20代の頃に発見したこれら天心の言葉と精神を、どこかで置き忘れてきてしまったことに気づく。

 全き心を現すとは、それが不完全な行いでありながらも、僅かな幾人かの心に、ほんの少しの間、感応してもらえれば幸いなのだ。
 そうだった。誰しもが鞄一つ提げた旅人であった。この世はファンタジーである。

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