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3月, 2017の投稿を表示しています

グレース・バンブリーのカルメン

私のカルメン狂、カルメン愛――。  先日、東京・上野駅の不忍口を出てすぐのスペイン料理店Vinuls(アトレ上野1階)を訪れようとしたところ、あいにく手持ちの“時間”の余裕がなく、入ることができずに午後の空腹を満たせず去ったのは、まことに嘆かわしい悲劇だと自ら思った。ああ、カルメン!闘牛場前のドン・ホセの最後の場面を思い浮かべる。次回は必ずあそこで食事を…と心に誓う。血の通ったスペイン料理を堪能したい。そうして一瞬、上野の空がブルーではなく真っ赤な薔薇色に染まって見えたのは、気のせいであろうか。  シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の歌劇「カルメン」(昨年12月本公演のテレビ放送)を鑑賞したのは、ついこの前のこと。何故私が似合わずも情熱の男・カルメン狂となったのか、ここまでの経緯については、当ブログ「歌劇『カルメン』とその女」及び「N響の歌劇『カルメン』」を読んでいただければ幸いである。  それはそうと、ソーシャル・ネットワーキング・サービスとは、実にセンシティヴなものだとつくづく思った。実は先週、そのN響カルメンでドン・ホセ役だったマルセロ・プエンテさんご本人に、拙著のブログ記事を紹介したら、畏れ多い鄭重なメッセージをいただいた。あなたのブログを英語に翻訳して読んだとのこと。本当に有り難い。これ以上の至福はないだろう。こうした嬉しいことがたびたび起こるから、書く方もいっさい気が抜けないのだ。
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 幼少期に親しく接した百科事典の中のクラシック音楽解説本と付録レコード(『原色学習図解百科』第9巻[楽しい音楽と鑑賞]とレコード集「名曲鑑賞レコード」EP盤全6枚、全30曲)によって、ビゼーの歌劇「カルメン」は私の記憶にしかと、とどまっていた。解説本の中のあの写真――第1幕の縄で縛られた悲愴なカルメン――がとても印象強く、いかなる理由においても歌劇「カルメン」と言えば、この女性しかいない、とさえ思っていたその神秘なる謎の女性。彼女がアメリカ出身のメゾ・ソプラノ歌手、グレース・バンブリーであると知ったのはごく最近のことで、しかも私はあの写真の印象から、きっと“しゃがれた”太い声の女性であろうと信じて疑わなかった。  しかし冷静に考えれば、メゾ・ソプラノ歌手がそんな“しゃがれた”声であるわけがない。まだこの時は、グレース・バンブリーの艶のある研ぎ澄まされたブレスを聴い…

perrot第4回公演の過剰でとてもおいしい演劇

観た演劇の面白さや感動を文章にして書くことは、とても難しい。難しい作業である。昨日観たばかりの演劇を、どう書いたらよいか。どう文字を連ねてよいだろうか。  外はしきりに雨が降っている。ともかく、適切な言葉が思い浮かばないのだ。そう、こんなのはどうだろう。「とてもおいしい演劇」。サクマのいちごみるくキャンディーを口に放り込んで、次第にそのイチゴ味が口いっぱいに広がっていくあの子供の頃の幸せな感じを、どう言葉で伝えたらよいか悩むのに、よく似ている。
 「とてもおいしい演劇」。その一言が浮かんでから、後が続かない。どうにもこうにも後が続かない。決して、思考が途絶えたせいではないだろう。実際その逆で、どんなに頭をフル回転させても、言葉が思い浮かばないのは、もっと違う理由があるからだ――。
 くどくど言うようだが、さりとて、そんなに悩む演劇を、私は書かずにはいられないのだ。文字にしてやる。文章にしてやる。これを書かずして、私はなんのために足を運んだというのか。何が何でも書いてやる。  でも、面白かったです、感動しました~、では済まないだろう、と思っている。そう思うと同時に、屁理屈としては、〈演劇なんていうのは、劇場に足を運んでナンボのもの。直接自分で観て《体感するもの》であって、第三者に無為に、その豊かな中身を繊細に緻密に伝えようとするのは、主催者側の本意に反することかも知れないじゃないか〉とも思った。  いずれにしても演劇というのは一般に、その不思議な体感の在処を、第三の傍観者に語ることも伝えることもできないものなのだという確固たる諦念が、頭をよぎる。一方においてそれに抗い、立ち向かい、批評という精神の困難な山を登頂すべく、あらゆる思考的要請を総動員させるという軋轢、不和、その矛盾――がある。しかしながら私が観たあの演劇には、そのどちらも肯定しうる何かが、そこにあったような気がするのだ。結局私は今、考えあぐねた末、あの演劇に対する批評的立場と行為を完全に放棄したうえで、自らが関知するにとどめる「覚書」として、ここにそれを書き残すことにした。
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 その演劇とは、いわもとよしゆき作・演出のperrot第4回公演『今日は砂糖の雨が降るから』である。会場は東京・王子駅に程近い、花まる学習会王子小劇場。ここはいわゆる小演劇のメッカだ。  このperrot第4回公演『今日は砂糖…

ラフロイグのスコッチ

とある英字新聞で、“like a dog with a bone”という慣用句を知った。根気強い、粘り強い、という意。その新聞では、ある映画を紹介していて、“like a dog with a bone”はその映画の中の台詞である。“fuck you around”などという慣用句も出てきて、日常会話の英語を習うには、映画は最適な教材であろうと思った。
 イングランド北東部の町で暮らす主人公の男。彼が失業手当を受給するため行政を相手に孤軍奮闘するストーリー。私はひどくその映画に関心があった。英国の貧困や格差による労働問題が根底にあり、険しい現実の悲喜交々が描かれているようだ。ストーリーの背景となる町――イングランドのニューカッスル――がイギリスのどの当たりにあるのか、グーグル・マップで閲覧しているうち、その関心度は次第に高まっていった。  マップから、グラスゴーの地名が見えた。グラスゴー。確か村上春樹氏が、グラスゴー空港からアイラ島へわたり、大西洋に小さくこぢんまりと突き出たその島で、アイラのシングル・モルト・ウイスキー三昧を繰り広げた本があった。『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』(新潮文庫)である。スコットランドのアイラ島とアイルランドに旅し、各地のウイスキーにまつわる、短い読み物の、ウイスキー謳歌――。
 私はそれを思いだしたついでに、まだ封を開けていないラフロイグの10年物をグラスに注いだ。強烈で癖になる「アイラの匂い」が嗅覚を刺戟する。そして一口、どろりとした琥珀色の液体を喉に流し込んだ。それが貧困とも格差とも、様々な問題を抱える英国とは無縁の、ケルト的超常現象と思える独特のシングル・モルトの味で、私たちは日頃これの、ブレンディッド・スコッチ・ウイスキーを飲んでいるのだと気づいた時には、その源流というか原風景を歩いたかのような錯覚に陥るのだった。
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 村上春樹氏の『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』では、実に落ち着いた風情で豊かな言語を使い、我が極東から遙か遠い彼の地のシングル・モルト・ウイスキーを、入念に表現している。村上春樹流のウイスキー愛だ。一部を要約してみると、こういうことになる。  ――ウイスキーにとって必要な原料は、大麦、おいしい水、ピート(泥炭)であり、これらはすべてアイラ島に具わっていて、それぞれのディスティラリー(…

N響の歌劇「カルメン」

N響の歌劇「カルメン」の第1幕と第2幕をテレビで鑑賞して1週間後、第3幕と第4幕が同番組(Eテレ「クラシック音楽館」)で放送された。第3幕と第4幕はてっきり番組の都合上割愛してしまったのかと思っていたが、2週に分けて放送という形で、結局のところ演奏のすべてを観ることができた。  前回(「歌劇『カルメン』とその女」)のおさらいをざっとしておこう。NHKで放送されたのは、昨年12月9日、NHKホールで創立90周年を記念したN響の定期公演プログラム、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の歌劇「カルメン」(演奏会形式)である。おもなソリストは、カルメン役=ケイト・アルドリッチ、ドン・ホセ役=マルセロ・プエンテ、ミカエラ役=シルヴィア・シュヴァルツ、エスカミーリョ役=イルデブランド・ダルカンジェロ。ちなみに合唱団は、新国立劇場合唱団とNHK東京児童合唱団。

 第3幕の「山間の荒れ地」。ここではジプシーの女達がカード占いをし、カルメンが不穏なカードを引いて、死の気配を暗示させるのだが、密輸入者の仲間入りをしてしまったホセは半ば茫然としているところを、ミカエラが救い出そうとやってくる。ここでミカエラは美しい祈りの歌を歌う。「ミカエラの詠唱」である。  この「ミカエラの詠唱」を歌い上げるミカエラ役のシルヴィア・シュヴァルツが、実に美しい。その歌の響きもさることながら、超然と気持ちを込めて歌う彼女の艶やかな容姿は、もしかするとこのN響カルメンの白眉と言っていいのではないだろうか。こんな調子で美しく目の前で歌を歌われたら、私なら――この私なら、というメタフィクションの愚の骨頂を許していただけるのなら――すぐにでも翻ってミカエラの傍へ赴き、冷ややかでつれないカルメンを思い切って捨てる! そして一目散に二人で下山するであろう。  しかし、ここが数奇なる男の性。ドン・ホセの愚かなところ。そんなふうにミカエラに祈られれば尚のこと、あるいはその思いが通じないせいなのか、カルメンへの愛がますます強くなり、結局は、自らを、当然カルメンをも窮地に追い込むことになる。まったくカルメンとは、いかなる魅力の女なのだろうか。
 第4幕「セビリアの闘牛場の前」。かなり客観視すれば、ここで諍いになるドン・ホセとカルメンの対面劇は、実際問題としてまことに羞恥の沙汰で見苦しいし滑稽。実に馬鹿馬鹿しい。なんといっ…

トリックスターとマウイの話

WWFジャパン(公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン)の会報誌『地球のこと』2017年春号「いきもの徒然草」のコラムで、「創造と混沌の使者」を読んだ。単に動物絡みのコヨーテの話かと思いきや、そうではなかった。なかなか奥が深い、そのコヨーテに悪戯をして生活を一変させてしまった“トリックスター”の話である。それって何者?――私はこれを読んで初めて“トリックスター”という存在を半ば理解した。“トリックスター”にはたった一つ、思い出がある。
 言うなればそれは、私が20代の演劇時代に、血気盛んな仲間がパフォーマンス集団を作り上げ、“トリックスター”というユニット名で演劇公演をおこなった旨の思い出である。既に彼らとは袂を分かち、別の劇団を結成していた私は、旗揚げのご祝儀的な意味合いで彼らの公演を観に行った。ファンタジックなマンガやアニメの世界を重んじていた彼らの、やはりちょっと風変わりな、メルヘンでコミカルな劇の内容だったのだけれど、彼らのやりたい世界観は漠然と感じ取ることができた。そうして“トリックスター”の演劇は、実に彼ららしく、一回ぽっきりでやめてしまったようである。  そんな彼らのユニット名をずっと憶えていた私は、“トリックスター”の本質的な意味を曖昧模糊にしたまま、20年の歳月を通り過ぎてしまっていた。コラムの「創造と混沌の使者」を読んで、ようやく気がついた。“トリックスター”の意味が分かり、アメリカ先住民の神話での、そのコヨーテの話に思わず目から鱗が落ちたのであった。と同時に、かつての“トリックスター”の意味ありげで奇妙なファンタジーのなんたるかについて、その溜飲を下げることにもつながった。
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 演劇時代のやや後期、宮本亜門演出のミュージカル「熱帯祝祭劇 マウイ」(1995年)のサントラCDを友人からもらったことがある。それはたいへん素晴らしいサウンドの、久保田真琴プロデュースのアルバム『asia blue』で、言わばポリネシアの民俗楽器によるリズムや独特な節のメロディ、熱帯のジャングルを思わせる自然音的効果(=SE)が絡み合った、その内実、久保田氏らしいアプローチで骨太なリズムと和声を聴かせる珠玉の音楽集であった。このマウイというのも調べてみるとどうやら、“トリックスター”らしいのだ。
 あらためて“トリックスター”の定義を書いておこう。先の「創造と混…

歌劇「カルメン」とその女

3月8日は“国際女性デー”だそうで、朝から各々のメディアでその文字を拾っている。バレンタインデーのようなキュートさを装ったごろつきの商売っ気ではなくして、真の意味において、フェミニンという既成の価値観を取り払う記念日となることを期待する。今回はほんの少し、そういうことと関わりがあるのかないのか――。
 とは言え、好きな音楽の話にもっていく。つい先日、「ごきげんよう『洋酒天国』」の稿でスペインのマドリードの「ラス・クエバス・デ・ルイス・カンデラス」という酒場について書いた。いかにもスペインらしい趣の酒場で関心があったのだが、私自身はスペインの知識が頗る乏しい(にもかかわらず、日頃ラテン系の外国人をよく知っている)。狭苦しい知識を広げるため、何かスペインに因んだ音楽はないかと考えたところ、幼少の頃聴いたビゼーの「カルメン」を思い出した(本当は鈴木清順監督の“河内カルメン”と書いて思い出したのだ)。  当ブログのカテゴリー・ラベル[原色学習図解百科]でたびたび登場している、古い百科事典『原色学習図解百科』(1968年学研)の第9巻[楽しい音楽と鑑賞]の本。これのクラシック・レコード集「名曲鑑賞レコード」(EP盤全6枚、全30曲)は今も私の手元にあって、大切に保管している。たまにはプレーヤーに掛ける煩わしさを感じつつも、懐かしくなって聴いたりする。幼少の頃聴いていた曲のうち、スペインに因んでビゼーの「カルメン」を例に挙げてもいいだろう。
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 そのレコードでは、フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼーが作曲した歌劇「カルメン」の前奏曲、秋山和慶指揮の東京交響楽団の演奏(1分57秒)であった。基本的に私は、静謐な室内楽の曲が好みなのだが、確かに「カルメン」の前奏曲はけたたましい大音響で、当時壁に吊っていた小型のスピーカーが破裂して壊れるのではないか、と思ったほど歪んでうるさかった。ビゼーの「カルメン」とはこうもやかましい曲なのか。  正直、こういう派手な演奏の曲は(クラシックの場合に限り)あまり好きではなく、同じレコード集に収録されているヴェルディの「アイーダ大行進曲」(演奏はギーグリア指揮、ハンブルクラジオ交響楽団)やフランツ・ワグナーの「双頭の鷲の旗のもとに」(演奏は秋山和慶指揮、東京吹奏楽団)といった曲も同じような理由で、個人的に敬遠してあまり聴いていなかった。
 しか…

おはようパソコン通信

たまたま最近入手した、古い学研の科学雑誌『UTAN』の“パソコン通信”の特集記事を読んで、その言葉の甘美なる響きと共に、まだ20代であった淡い「90年代」を走馬灯のように――私は走馬灯という実物を一度も見たことがないが――思い返してみたりした。  そもそも小学生の頃、8ビット・パソコンを愛玩していた私は、パーソナル・コンピュータなるものに対する愛着は少なからず残り香としてあったけれど、80年代後半以降普及した“パソコン通信”――音響カプラを用いてデータ通信をおこなうネットワーク・サービス、あるいはそのコミュニティ――の経験がなく、また「90年代」におけるDTMなどといったコンピューター・ミュージックから完全に疎外した状況にあった。1995年11月に発売されたWindows 95日本語版の普及により、徐々にニフティサーブが衰退していった時代を、遠目に、しかも離れすぎぬ距離で眺めていたことになるだろうか。
 入手した『UTAN』1995年11月号の特集記事「おはようパソコン通信」はなかなか興味深い。最初のページは「最先端を行くインターネット」と題され、インターネットとは何かについて軽めに解説している。  そう言えば当時、インターネットという言葉が世間で流行り始め、知ってか知らずか玉石混淆の情報が飛び交った。ある意味狭いコミュニティであったパソコン通信とは違い、劇的に広く世界中の情報を瞬時に誰もが平等に入手できるようになるインターネット。その頃のメディアだとか、私の周辺の知人の噂がとにかく凄まじかった。――そんな訳の分からん情報を入手して、なんの役に立つの?お金儲けになるの?英語がしゃべれないからなんのことだかさっぱり。おれはファミコンの方がいい。それって、タダで海外旅行できるんですか?インターネット?世界の網って何?など。下々の井戸端会議の妄想、オカルト、亡者のたぐい――。  「最先端を行くインターネット」のページでは、慎ましやかなこんな文面がある。
《これからの世の中、一般人もコンピュータ・ネットワークに参加するようになってくるだろう。それを見越したインターネットの開発者達は、初心者でも簡単に扱えるとても便利な機能を持ったインターネット用のソフトウェアを作ろうと、日々精進している。その中の一つがWWWといえるのだ。WWWの登場はインターネット上での革命的な出来事…

ごきげんよう『洋酒天国』

当ブログ2011年7月12日付「開高健と『洋酒天国』」で初めて私がヨーテンについて触れたのをきっかけに、それから1年以上経過した2013年9月26日「『洋酒天国』と三行案内」から不定期という形で始まって、我がライブラリーのヨーテンをこれまで3年にわたって紹介してきた。私の大好きな小冊子である。まったくどの号も読み応えがあって、当ブログでは、ほんの触り程度しかその魅力を伝えることができなかったように思い、至らなさを恥じる。
 さて、意を決して、ここらあたりでヨーテンを“卒業”しようではないか、と思い立ったのである。壽屋(現サントリー)のPR誌『洋酒天国』(洋酒天国社)は、昭和31年4月の第1号から、昭和39年2月の第61号まで発行された伝説の豆本である。そのうち、当ブログで紹介した号は、欠号1,3,4,6,8,9,10,11,43,51,52,54,55,58,59,60,61号の17冊分を除いた43冊で、およそ全体の7割は紹介しきったことになるのだが、完全走破は程遠く、道半ばにして挫折という感はなきにしもあらず。しかし触り程度ではあっても、それなりに一定の役目は果たせたのではないかという自負もある。ヨーテンに興味を持たれた方は、是非とも実物の本を入手してみてはいかがだろうか。
 ということで、私が紹介する“最後”のヨーテンは、昭和32年5月発行の第13号である。何故第13号を最後にもってきたかは、別段他意はない。表紙は、サン・アド元社長の山崎隆夫氏。表紙を開けば、《この陽気すぎる男にとって 人生はまことにむごたらしい くたびれた血を生気づけるに 杯に、はや、酒(ヴァン)もない》というまるで首をもたげたかのようなヴェルレーヌの詩が添えられてある。  ヨーテンといえば、やはりなんといってもヌード・フォトである。私がこれまで紹介した43冊で、各号のヌード・フォトを巡ってみても面白いだろう。今号はなんと2つの「グラマーフォト」が掲載されている。それもそのはず、第13号は「発刊一周年記念号」だったのだ。
 一つめの「グラマーフォト」は、写真家・真継不二夫氏のフォト・エッセイ。戦中は海軍従軍カメラマンだった真継氏。戦後、江田島の海軍兵学校の若者達をとらえた写真集が有名である。そんな真継氏の「グラマーフォト」は、女性モデルのきりりと引き締まった瞳がどことなく若き青年のそれら…