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10月, 2017の投稿を表示しています

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宮坂静生氏の『母なる地貌』

岩波PR誌『図書』2月号掲載の随筆で俳人・宮坂静生氏の「母なる地貌」を読んだ。最初は何気なく読み始めたのだけれど、これは、と感極まった。言葉としての感動がそこにあったのだ。私は日本人として、その随筆に鏤められた日本語の繊細な感度や質感、日本の国土や歴史との複層的な絡み合いに酩酊し、しばし体を震わせながらこの随筆を読み返さざるを得なかった。たいへん美しい詩情豊かな文章である。 §
 「母なる地貌」。ここに記してある主題をより良く味わうために、一旦は、自前で用意した日本地図を机上に開くべきだ。  日本という国土の、その地形地理の具合の粛々たる浪漫あるいは情念に身を委ねることは、文学を味わうことと密接な関係にある。そう思われないのであれば、日本語の本質的な美しさや情理のきらめき、思慕の哀感を決して味わうことはできないであろう。私が用意したのは平凡社『世界大百科事典』の日本地図である。[日本の周辺・海流]という区分で日本列島全体を眺めてみた。しばし時間を忘れて見入る――。むろん、中国大陸や朝鮮半島との海洋を隔てた“一連なり”の、その悠久なる蜜月にも、浪漫や情念として込み上げてくるものがある。
 まずは北緯40度の男鹿半島の位置を視認する。そこは日本海の東側である。序で、北緯30度の屋久島(鹿児島県の大隅諸島)と中之島(鹿児島県のトカラ列島)の位置を見る。こちらは東シナ海の東側。北緯40度より北は冬が長く、奄美大島から沖縄諸島より南は夏が長いと、宮坂氏はこの随筆の冒頭で述べている。  次に、地図の[長崎県]の区分を開く。五島列島の福江島の、北西に突き出た三井楽半島。そこにある柏崎の港。《最澄や空海ら遣唐使が日本を離れる最後に風待ちした港》と称した宮坂氏は、そこを《茫々たる》と表現した東シナ海の性格を叙情的にとらえ、海の果て――強いて言えば遣唐使の難破船――に思いを馳せる。《茫々たる》とは、広辞苑によると、「ひろくはるかな」さまなこと、「とりとめのない」さまなこと。しかしそれ以外にもこの言葉からは、一抹の暗さや不穏さが感じられてならない。
 ところで、「地貌」(ちぼう)とはどういう意味か。宮坂氏は「母なる地貌」の中でこう書いている。 《風土ということばは格好が良すぎる。どこでも通用する景観を指すだけに個別の土地が抱える哀感が伝わらない。むしろそこにしかない人間の暮らしを捉…

トリスで忙しかった『洋酒天国』

秋雨が長く鬱陶しい。かくも長き雨の日が続くと、くさくさしてしまって、本が恋しくなる。映画が恋しくなる――。  手に取った『洋酒天国』第51号には、古今東西の映画の、酒を飲む名場面を列挙した「目で飲んだ名場面」などという誌面があって、ジェラール・フィリップ主演の『モンパルナスの灯』がほんのわずか触れられており、私はこの映画に興味を持った。実際にこの映画を観たところ、うーんうーんと唸って思わず身体がよろけそうになった。酔っていたせいであろうか。いやいや、この映画…うーん、モディリアーニねえ、と呟いてみても埒があかない。そう、同様にして埒があかないのが、実はヨーテン第51号なのである。

 今年3月のブログ「ごきげんよう『洋酒天国』」で、“ヨーテン”の話題はそれを最後にした…つもりだったのが、すっかり間が抜けた事情により前回は「強精カクテルいろいろ『洋酒天国』」を書き、今回もぬけぬけと壽屋(現サントリー)のPR誌『洋酒天国』(洋酒天国社)について書く。
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 第51号は昭和36年6月発行。この号よりそれまでのB6判からA5判と大きくなり、中身の趣向が大きく変わる。昭和36年、当時どうやらリバイバル・ブームだったらしく、第51号ではなんと、大正モダニズムの復古調を企て。大正9年に創刊した娯楽雑誌『新青年』をモチーフに、いくつかの随筆やレイアウトを『新青年』の文章そのままで掲載している。  当時壽屋の宣伝部は多忙を極めており、その前号(第50号)の発行(昭和35年10月)からおよそ8ヵ月のブランクがあった。言うなれば壽屋はこの頃、アンクルトリスの広告やテレビ・コマーシャルが大ヒットし、トリスウイスキーの人気と景気で沸いていたのだ。開高健作のキャッチコピー“「人間」らしくやりたいナ”や、山口瞳作の“トリスを飲んでHawaiiへ行こう!”は決定的な殺し文句となった。そうした宣伝部の多忙な影響をもろに受けたおかげで、皮肉なことに『洋酒天国』はブランクを大きく置かざるを得ず、内容的にも心機一転の模索が図られていたのである。
 いずれにせよ、第51号は少々、お堅い。その代わり、硬派な読み物満載である。  トリスバーの陽気な友としての“ヨーテン”の価値は、既にそれまでの旧号で人気を博しており、実証済みである。つまり、お気楽なエッセイとエロティシズム路線。これにユーモアたっぷりのイラス…

お茶とサブ・カルチャーのアーティクル〈二〉

前回は、ウェブ周りで私が私淑するmas氏の“消えたサイト”「中国茶のオルタナティブ」について書いた。「湯相」又は「湯候」といった湯の温度を音で感覚的にとらえる、などの話であった。  今回は岡倉天心の『茶の本』をしばしかじりたい。そしてまた実際に私が淹れた、ある中国茶の茶葉についても触れておく。触れることで、よりいっそうその魅力に取り憑かれるであろう。茶の世界はなんとも奥深し――。ただしこれは、茶(Tea)の専門家ではない私が、あくまでそれを嗜むための余話であって、こうしたサブ・カルチャーのアーティクルを、自身の音楽活動における精神性の部分に言及できればと考えている次第なのである。その点、ご留意いただきたい。
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 まずは、『茶の本』についてである。20代半ばの頃、あまり書物にお金をかける余裕がなく、しかしながらめっぽう書物に対して好奇心旺盛だった私は、なんとか安く買える本はないかと、書店の岩波文庫の棚を隅々まで眺めた。目に付いたのが『茶の本』である。薄っぺらいこの本は、定価260円ばかりであった。  これはいいと思い、表紙にある文章を貪り読んだ。《禅でいうところの「自性了解」の悟り…》云々の言葉に惹かれ、迷わずこれを買った。それが、この『茶の本』(岡倉覚三著・村岡博訳)である。
 以前、この本について書いた時(当ブログ「『茶の本』を手にして」)、一つの事実誤認が生じていたことをここで述べておく。それに気づいたごく最近、ブログの文中の加筆訂正をおこなった。  とどのつまり、そこには、《表紙には原本『THE BOOK OF TEA』の写真と福原麟太郎の解説の一部が記されている》と書いていたのだけれど、これがまさに事実誤認であった。その解説文は、福原麟太郎が書いた文章ではなかった。本の巻末にある福原麟太郎の昭和36年4月の解説には、そんな文章はどこにもなく、表紙のあれは岩波の寸評抄筆にすぎなかったのだ。  にもかかわらず私は、そうとは知らずに長年、それを福原の言葉だと信じていたのだが、後の祭りである。今回それが判明して、加筆訂正をおこなったが、やや複雑な心境に陥ったものの、当時20代であった私が岩波の『茶の本』を買ったきっかけは、あくまでその解説文であったことに、何ら変わりないのである。
 では一方の福原麟太郎の解説には、どのようなことが書かれているかというと、だいたい…

お茶とサブ・カルチャーのアーティクル〈一〉

およそ6年くらい前、私が音楽活動(ソロ・プロジェクト[Dodidn*])をウェブ上で新展開するにあたり、ホームページやブログをlaunchするうえでたいへん参考にした“個人サイト”というのがある。mas氏の「mas camera classica」である。mas氏とはまだお会いしたことはないが、もともとクラシック・カメラ愛好家でサイト・オーサーである彼の多趣味な活動は、むしろ雑然とした部分がなく一貫した信念で築かれた、言葉の流麗さに惚れ惚れとすることが多く、どこか異国情緒を漂わせる方であった。現在、そのサイトはない――。なかでも、彼の趣味の一つである「中国茶のオルタナティブ」は、知的な文章に鏤められたサブ・カルチャーの精神性の襞を感じさせた。
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 mas氏のことと、それら“消えたサイト”については5年前、当ブログ「中国茶とスイーツの主人」で書いた。そのうち、消える直前に密かに私がデジタル・アーカイブしておいたウェブページがあり、それが「中国茶のオルタナティブ」なのだ。  もしその時、アーカイブしていなかったならば、そのアーティクルの中身も、私が熟読玩味した記憶すらも忘れ去っていたであろう。非常に奇跡的なことである。最近、漱石の“ロンドン留学日記”を読み返している時、頻りに漱石が茶(Tea)を嗜んでいるのに感化され、私は今になってmas氏の「中国茶のオルタナティブ」を思い出した。そうしてアーカイブしたアーティクルを5年ぶりに開くことができた。  サブ・タイトルを“日本人として中国茶を楽しむということとは何か?”としたmas氏は、そのウェブページを2000年2月から2001年1月まで更新。12のエッセイによって構成していた。中でも特に、その四の「湯相、新たなる聴覚の快楽へ」が興味深く、ここでその内容を紹介することにする。
 「湯相、新たなる聴覚の快楽へ」。サブ・タイトルは「湯相、湯の音を楽しみ、泡の形状を楽しむということ」。  冒頭でmas氏が書き記しているとおり、茶の湯では「湯相」(ゆあい)、煎茶道ではそれを「湯候」(ゆごろ)というのだそうだが、茶を淹れる際、湯の温度を感覚的にとらえるには、湯の音を聞けばいい、という話題である。これが実に奥ゆかしく、風情があって面白い。  ちなみに『日本国語大辞典』(小学館)で「湯相」を引くと、《茶道で、湯加減のこと。釜の煮え…

シベリアに佇むぼとしぎ

人生は目の前の壁をいくつも乗り越えなければならないどころではなく、たとえ鈍足でも前へ向かって歩き、幾たびの山野を跋渉し続けなければならない。やがて、朝日の光が見えてくることを希望に――。  寒々しい秋雨が続く。雨合羽で覆われた額には、前方からしこたま降りそそぐ雨粒が、視界を遮る。雨という奴は。そうした日々、せわしい状況下で心がそわそわしていてもおかしくないのに、妙に落ち着いて、自然とのふれあいに感覚が尖鋭になっている自分に気づく。秋の季節のせいであろうか。いや、もちろん、そのせいだけではないのだけれど。
 心にぽつりと一滴の感動を与えてくれるエッセイがある。WWFジャパン(公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン)の会報誌『地球のこと』の「いきもの徒然草」というコラム。毎号、自然界と人間との深い結びつきについていつも感心させられている。  2017年秋号の「いきもの徒然草」は、「シベリアの旅」。『桜の園』で知られるロシアの近代演劇の戯曲家・文豪チェーホフの、短篇「シベリヤの旅」が触れられていた。チェーホフの「シベリヤの旅」(Is Sibiri/Po Sibiri)は1890年、30歳の彼がサガレンへ向かう途上での、シベリアの原野を旅した際の紀行文であり、当時「ノーヴォエ・ヴレーミャ」紙に掲載された。ちなみにサガレンとは、サハリン(樺太)のことである。
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 コラムで引用されていたのは、「シベリヤの旅」のほぼ冒頭部分である(※コラムで参考文献として香西清訳とあるのは、神西清訳の誤り)。この短篇は、
《シベリヤはどうしてかう寒いのかね?》 《神様の思召しでさ》 (チェーホフ著「シベリヤの旅」岩波書店・神西清訳より引用)
 というチェーホフ自身とがたくり馬車の馭者(ぎょしゃ)との会話で始まる。導入部がいかにも、チェーホフらしい妙味を感じさせる。  ツンドラの水鳥の繁殖地を過ぎようとするチェーホフは、それを美しいと評するのではなく、人智のおよばぬ世界に対し、《神様の思し召し》という言葉を拾ったように、人間社会に対する諦念と、その裏側に秘めたる行き届いた神への信仰心、あるいは山野を跋渉する精神とによって複雑な知性を混淆させ、その文体を見事に編み上げている。ある意味これは、魯迅の文学性と近いものを感じるのだが、自然保護を目的とするWWFジャパンのこのコラムにおいては、あくま…

助手をさがす―カプセル怪獣のこと

我が音楽制作[Dodidn*]で音楽活動をやっていて、最近つくづく思った。助手(創作アシスタント)が一人欲しいと――。ついこのあいだ、古いテレビドラマで天知茂さん主演の江戸川乱歩・美女シリーズを観ていて、なるほどと思った。天知さん扮する明智小五郎の探偵事務所の、文代くんと小林くんという二人が、明智の補佐役としてあちこち動き回って活躍するが、ああいうのがいい。ああいう若くて活きがいい、論理的で行動力がある助手――。まあ、贅沢は言わないけれども、そんなような若さあふれる元気な助手が一人いれば、どれだけ助かるだろう。 §
 ふとこうしたことで思い出したのが、ウルトラセブン(1967~68年円谷プロの『ウルトラセブン』)の“カプセル怪獣”=ミクラスとウインダムとアギラの存在だ。  “カプセル怪獣”とは何か――。ガシャポンでカプセルに入った怪獣フィギュアの玩具――のことではない。ドラマの中でウルトラセブンことモロボシダン(森次晃嗣)が、何らかの理由でセブンに変身できない時、急場のピンチをしのぐため、小型ケースに収納されているカプセルを投げつけると、すぐさま怪獣が現れて悪い星人や敵の怪獣としばし闘ってくれるのだ。しかし彼ら(ミクラスとウインダムとアギラ)は実に弱いため、死なない程度に闘ってもらって、ダンが頃合いを見て怪獣をカプセルに戻すのである。
 第1話「姿なき挑戦者」でその“カプセル怪獣”ウインダムが登場し、第3話「湖のひみつ」でミクラスが登場。第10話「怪しい隣人」では、ピンチに陥ったダンがここぞとカプセルを投げつけるのだけれど、四次元ゾーンだったから不能で怪獣は現れず、困っちゃった…という場面もあった。そのほか、ウインダムは第24話「北へ還れ!」や第39話「セブン暗殺計画 前編」に登場。ミクラスは第25話「零下140度の対決」に登場する。  で、もう一つの“カプセル怪獣”アギラは、いったい第何話で登場したのか。自称・ウルトラセブン・フリークの私でも、ついつい忘れてしまいがちなのがアギラ。アギラって、どこで何をしたんだっけとあまり思い出せない。
 こうなると仕方ないので、『ウルトラセブン』のDVDライブラリーを観返すことになる。  そう、アギラは、第32話「散歩する惑星」に登場するのだった。地球を侵略する惑星=浮遊する島は、強力な電磁波を発して地球防衛軍のあらゆる電…

夜の夢の銘酒―御慶事

地元、茨城県古河市の地酒「御慶事」で一人酒を嗜む。近所の酒屋におもむくと、これまたいかにも酒の好事家の親爺さん(店のご主人)がいて、業務用の冷蔵庫から新聞紙にくるまれた「御慶事」の瓶を取り出してきて、しばし酒談義をする。その間、銘柄が見えずとても謎めく。酒の話をする時の、この親爺さんのうるうるとした瞳と甲高い声が、その美味さを想像させる。そんな時の私は、親爺さんの話などほとんどもう耳に入らず、今宵の酒の肴は何にしようかしらんということで頭がいっぱいになる。ともかく、どんなに気の利いたテレビ・コマーシャルやポスター広告だろうと、この親爺さんの笑顔のそれには、かなわない。顔を見るだけで酒が呑みたくなる。
 「御慶事」特別本醸造の美味さは申し分なく、程よい辛さと甘さのバランスが絶妙で、肉だろうと魚だろうとパスタだろうと、酒の供となる膳は選ばない。蔵元は古河市の、天保2年創業の青木酒造である。青木酒造株式会社は本町2丁目という所にあるのだが、この近辺がまた私にとっては懐かしい場所で、当ブログ「『魚の賛歌』の時代―古河市公会堂というファンタジア」で書いた、かつて私が演劇をしていた頃に毎週訪れていたあたりなのである。稽古が終わった夜、大きなイチョウの木の下の、細い脇道を通り過ぎるその真横は、青木酒造の裏手になるのだった。ここより少し歩いた所には別の小さな酒屋があり、今でこそ「酒造」と「酒屋」を道々目にすると思わず、気持ちが高鳴ってしまう私でも、まだ20代のあの頃は、ただひたむきに演劇と音楽に夢中になっていただけの、ある意味つまらぬ余白のない男であった。
§
 ただし酒というのは、どんなアルコール度数の酒であろうとも、ちょっと疲れただけでは済まないストレスを感じる時や、悲しくてズタボロな気分の時には不味くなるので、だいたいそういう時は呑まない。逆に、突然の祝い事や嬉しいことがあった時、あるいは何か日常の中で明るい兆しが感じられる時に呑む酒は、天から花吹雪が舞うかの如く、すこぶる美味いのだ。また私は、酔い潰れるような深酒は好まない。
 普段ウイスキー党を自負する私の、ささやかな日本酒へのこだわりというのは、本当に大したことではない。なんとなく「御慶事」に限っては、地酒ということもあって、その愛着感が一肌分、他の酒よりも熱い。「御慶事」の大吟醸(平成28年度全国新酒鑑評会で金賞…

じゅんのとcram schoolの世界

8月に劇団鴻陵座の演劇公演を観たのはつい昨日のことのようでもある。そこでオープニングとエンディングテーマを提供していたロックバンドcram schoolの音楽について(厳密にはその音が)、この1ヶ月半近く、私の頭の片隅でずっと鳴り響いていたように思う。  これを書いている現在では、ヴォーカルのじゅんの(齊藤隼之介)が弾き語りという形であちこちのライヴハウスに出没して活動している。そしてこれを書き終えた後も、彼は何かしら流動的に変化して活動を続けるだろうから、いま私が書けるのは、オープニングのテーマであった「Oh My God!」とエンディング曲の「広がる」、そして彼らcram school(Vo&G齊藤隼之介、Gt雜賀黎明、EB竹内蓮、Drm高林洸来)の3曲アルバムCD『投影法e.p.』(1.「レイトショウ」、2.「三月ウサギ」、3.「広がる」)の音楽についてである。 §
 先述した鴻陵座公演の稿(当ブログ「劇団鴻陵座『OH MY GOD!』を観たの巻」)で私は、cram schoolの音楽について、ほんの少しばかり、このように書いた。 《オープニングテーマを提供しているcram schoolの音楽が心にしみて、モノゴトが溢れかえって過敏症だらけの世の中の個人の心持ちを代弁するかのようで、その音と声の熱量は、こもって熱い。いい曲だ》――。
 アルバム『投影法e.p.』のサウンドでも、4人のそれぞれの音が剥き出しのまま、まるで呼吸と無呼吸とをかいくぐって迫ってくるかのように、力強く耳に押し当てられて私は、溺れかけた。「レイトショウ」における歌詞では、 《そういえば東京は今日もいつも通り それでも確か明日も来るみたい 僕はほら、その、恋をして 生きてることすら忘れそうだ》  と呟かれ、 《抱きしめてもいいかな 変わってしまっていない夜》  と語られる時、これを書いたじゅんのの寂しさを想った。
 いつからこの世の中が、個人の「生きてる」ことが《自由》ではなく、何か見えないものに押し当てられた、頑ななカリキュラムになってしまったのか、あるいはそう感じざるを得なくなってしまったのか、私はcram schoolの音楽を聴きながら思ったのだ。《抱きしめてもいいかな》の後の《変わってしまっていない夜》のあいだには、途方もないこの世の中に来てしまった絶望感を味わう、“だ…