スキップしてメイン コンテンツに移動

☞最新の投稿

人間と人間以外のもの―『蓮沼執太: ~ ing』

東京・銀座の資生堂ギャラリーにて、先週、蓮沼執太の展覧会(インスタレーション)『蓮沼執太: ~ ing』を体感してきた。私が資生堂ギャラリーに訪れたのは約2年ぶりで、前回は『Frida is 石内都展』(当ブログ「石内都―Infinity∞」参照)、と言いたいところなのだけれど、その時は資生堂ビルの前まで来て突発の所要のために引き返したため、中へ入った前回は――厳密に言うと、トノ・スタノ(Tono Stano)の写真を鑑賞するために訪れた8年前の『暗がりのあかり チェコ写真の現在展』(当ブログ「暗がりのあかり チェコ写真の現在展」参照)になる。その直後に私は、ほんの僅か、この資生堂ギャラリーと福原信三についても書いている(当ブログ「資生堂ギャラリーのこと」参照)。
§
 蓮沼執太という人に対して、私自身、思い入れがここ数年濃密になってきている。敬愛する“若き音楽家”というリスペクトの範疇を飛び越え、彼のその多彩な活動は《芸術》という総体にまで及んでいることから、“1983年生まれ”の一回り下の年代、という意識がありながらも、崇拝する雲の上の人、なのである。しかも、同じ《今日》という時間に生き、地球のどこかで確実に寝起きし、様々な心境のうちに魂を揺さぶりつつ、《芸術》という総体に身を置いて活動し、Prophetたらんと日々、精進してさながら時を刻んでいる。そう、同じ世界を見わたしているのだ。
 同じ世界に生きながら、これはもちろんのこと、人それぞれ見方や感じ方が違う。世の中に対してあどけない冷然とした態度をとる人もいれば、がっつりと正面から熱く、社会と政治に対峙する人もいる。蓮沼執太という人にとっては、その感性を、《芸術》の総体の一角の「音と音楽」のカテゴリーに収斂していくことが、最も得意なのであろう。

 一方の私――という自己にとってもそれはまったく同様である。まことに恐縮ながら、銀座の資生堂ギャラリーという環境を伝って、リスペクトする蓮沼執太の創作の、ある一つの言わば《音の出るオブジェ》の装置に実際に足を踏み入れ、小さくひ弱な音を発して、それを自身の耳で聴き入れることができた悦びは、作者と演者によるバーチャルなジャム・セッションを完遂した充足感に近い。ここでは単に現代アートを眺めて鑑賞するのではなく、創作者による《触覚的な楽器》を借用し、それを用いて(そこに…

50年を迎えた『人生ゲーム』

【あまりにも有名すぎる『人生ゲーム』】
 私は銀行家であると嘯く。じゃんけんでえらばれた銀行家ではない、人生の道先案内人としての銀行家。子供だった彼らの、遊びのなかに投影された真の映し鏡の人生、その目撃者――。
 タカラトミーのボードゲーム『人生ゲーム』は今年、50周年だそうである。日本で最初の『人生ゲーム』が発売されたのは、1968年(昭和43年)9月のこと。言うに及ばず、アメリカはマサチューセッツのミルトン・ブラッドレーが考案した「The Checkered Game of Life」を原形としたブラッドレー社「The Game of Life」の日本語直訳版であり、現在に至るまでシリーズ商品を含め累計1,300万個以上を販売したという。
 50年前の1968年と言えば、東京オリンピックのマラソンで活躍した円谷幸吉が自殺、キング牧師とケネディ大統領の暗殺事件、パリでは学生や労働者らによる五月革命、チェコ事件、フォーク・ソング全盛で12月には府中の三億円強奪事件が起きるといった慌ただしい世相。サイケ調が流行した頃である。個人的にサイケと言えば、前年のレナウンのコマーシャルの、ボンネルによるニット商品「イエイエ」がとても印象強い(まだ私は産まれてはいないが)。
 そうした時代に一世風靡した『人生ゲーム』初代盤の存在は、まことに時世を色濃く反映させた玩具業界のエポックメイキングであったのだろう。

§

【あまりにも有名すぎるルーレットと自動車のコマ】
《波乱にとんだ人生ゲーム――2,000ドルをもって人生のコースをスタートし、さまざまな成功、失敗、仕返しを繰りひろげながら早く億万長者になったひとが勝つゲームです》
《大学に進学しようかな? ビジネスコースを選ぼうかな? どの保険に入っておこうかな? どっちの道を進もうかな? 弁護士の資格がとれた! すごい給料! ハイスクールだけでもこんなときはどっさり賞金が! アッ事故をおこした! 保険に入っていてよかった!》
(『人生ゲーム』説明書きより引用)

【約束手形、10万ドル、5万ドル、2万ドル紙幣】
 私が小学生になってから、その6年間のうち、最も友人達と遊んだのが、“ボードゲーム”のたぐいであり、筆頭が『人生ゲーム』であった。家で所有していたのは、初代の「青盤」(前期モデルはマス目の背景色が黒く、「黒盤」と称され、その後一部改訂された後期モデルはマス目が青いので「青盤」と呼ばれた)である。随分昔に処分してしまったが、ごく最近、あらためて「青盤」を入手し、それを参考にこれを書いている。
【保険証券、株券各種】

 基本的なルールをおさえておこう。
 プレイヤーは2人から8人まで。小学生から大人まで楽しめる。お金と証券のやりとりをする銀行家の役割を決めておく必要がある。プレイ中はこの仕事でかなり煩雑なやりとりをするため、できればプレイヤーを兼ねず、誰か1人銀行家(世話役)に徹した方がよい。
 銀行家は、ルーレット付きのゲーム盤の脇に、紙幣(500ドル、1,000ドル、5,000ドル、10,000ドル、20,000ドル、50,000ドル、100,000ドル札、約束手形の8種)を挿した整理箱と、保険証券(火災保険、生命保険、自動車保険、株券の4種)の整理箱とを並べて置いておく。かけ用のナンバーボードも忘れず脇に用意しておく。ラッキーカードはよく切って伏せて、これもゲーム盤の脇に置いておく。
【財産ラッキーカード各種】
 プレイヤーは自分の自動車の色を決める。色の種類は赤、ピンク、白、黄、青、水、オレンジ、緑の8種。男性は水色のピンを、女性はピンク色のピンを自動車の前列席に刺し、自動車をスタート地点に置く。銀行家は各自に、スタート時の所持金500ドル札4枚(計2,000ドル)を配る。そしてゲームの順番をじゃんけんで決める。

 さて、スタート。まずプレイヤーは、自動車保険に入るかどうかを決めなければならない。入る人は500ドルの保険料を払い、証券を受け取る。そしてプレイヤーは次に、「大学コース」を進むか、「ビジネスコース」を進むかを決める。決めたらルーレットを回す。すごろくと同様、出た目だけコマ(=自動車)を進める。
【全員必ず結婚しなければならない】
 よく言われるのが、この時「大学コース」を進んだ方が給料がいいのであとあと有利だ、という定石的都市伝説。確かに「ビジネスコース」を進んだ者は月給5,000ドル、「大学コース」で医者の資格を得た者は20,000ドル、新聞記者10,000ドル、弁護士15,000ドル、先生8,000ドル、学者10,000ドル、無資格卒業者は月給6,000ドルと「ビジネスコース」が最も安く不利だ。ただし、あとあとラッキーデーに止まると通常10,000ドルもらえるところ、「ビジネスコース」を選んだ者は3倍の30,000ドル支給される。さらに株式相場で相場をはると、大学出は50,000ドルに対し「ビジネスコース」出身者は100,000ドルもらえることがある。したがって、必ずしも「大学コース」が有利であるとは、言えない。

【ストップ!決算日】
 結婚のマスは全員止まらなければならない。この場合で言うと、結婚は義務である。ボクは結婚しないよ、というお気楽な自由はない。配偶者が男性なら青のピンを、女性ならピンクのピンを自動車の前列の運転席の隣に刺すのが通例。ちなみに重婚は禁止。

 仕返しのマスというのもある。誰か1人から100,000ドルもらうか、15コマ逆戻りさせることができる。実際、この仕返しのマスによる仕返しの逆恨みというのがよくあって、「何を根拠に仕返しをするのか」というのが、プレイヤーのあいだで問題になることがある。例えば小学生のあいだでは、昨日あいつは給食のオレのヨーグルトを食いやがって!と私情がからんで15コマ逆戻りさせることがしばしばあるが、ヨーグルトを食った方は今頃そんなことを言うのかと、突然豆鉄砲を食らったかのような心持ちとなり、なんだこの野郎、じゃあオレもおまえに仕返ししてやる!という仕返しの仕返しが繰り返されることに、なりかねない。
 私情をゲームに持ち込むことは、非常に危険な行為である。が、『人生ゲーム』というのは、日頃の恨みつらみの私情をどんどん持ち込んですったもんだするための「高等遊戯」なのである。

【ゴールは億万長者の土地】
 銀行からの借金をする云々、すなわち「約束手形」については、前に書いたことがあるので割愛する(「人生ゲームと約束手形」参照)。ちなみに、借金の返済が遅れると、最後の決算日で20,000ドルの約束手形1枚に対し、25,000ドルを支払うことになるのでよくよく留意すべき。逆を言えば、この「人生ゲーム」はいかに他のプレイヤーに「約束手形」を付けさせられるかで勝利が決まる。かりに自前の所持金が少なくとも、相手の借金が多ければ、相対的にこちらの勝ちなのである。

§

 こうして考えてみると、『人生ゲーム』は、人間関係を危うくしかねない恐ろしいゲームなのだ、ということが分かる。人間の本性が表れると言っていい。資本主義経済の成れの果てでもあり、すなわちこれが「モノポリー」にならぶ代表的な“アメリカン・ゲーム”であったのだ。
 そういう時代に生まれたゲームは、実にしぶとい。しぶとく生き残る。フラッグシップの『人生ゲーム』は2016年に7代目となる新盤が出た。今後もシリーズは続くに違いない。それぞれの時代に応じてマスの内容は大きく変わっているが、プレイする人間の本性は、依然としていつの時代も変わらないのではないか。資本主義ありき。金、金、金。如何にして他人を蹴落とし、のし上がるか――。
 一方で「自滅」という選択肢も、心理的にある。どうせ俺の人生はこんなもんだろう。どうぞ皆さん、お先へどうぞ。さあさ、どんどん橋を渡っていって下さいな。向こうには億万長者の土地がございますよ。私はここで、さよならします。あばよ皆さん…。早くも自ら落伍の決意をする人間というのは、闘争心がない分他人に危害を与えないが、世界をダメダメにしてしまう。そう、ダメダメにしてしまうのだ。ダメダメでは、夢がない。

 『人生ゲーム』で世渡り上手になろう。そしてそこで一度、本性を表し、いったんはダメダメ人間になってみよう。ダメダメになって、人から嫌われてみよう。世渡り上手けっこう。ダメダメ人間けっこう。ゲームなのでやり直しききます。
 そう、自分が見えてくるのだ。他人が見えてくる。このことだけは真実だ。これはつまりその、ブラッドレーさんがつくった「呪い」と「救済」のゲーム、なのだ。

コメント

このブログの人気の投稿

YELLOWSという裸体

ざっくりと大まかに言ってしまえば、まだ1990年代初頭の頃は、テレビのワイドショーでも“ヌード”が“語られる”大らかな時代であった。五味彬氏の“YELLOWS”シリーズがテレビで話題になると、私自身も単純な興味本位から、風雅書房出版のそれらの写真集をなんとか入手しようと躍起になった。しかし、都内の紀伊國屋であるとか丸善であるとか、あるいは神保町界隈の美術書専門書肆で、あの大判の写真集を直に買い求めることは、私には到底できなかったのである。

 “YELLOWS”とは一体どんなシリーズであったか。

 いわゆるシロウト、プロのモデルではない一般の若い女性達を100名募り、一人ずつスタジオの中で蝋人形のように無機質に直立させて、その全裸姿を、正面、背面、側面のアングルから写真に収めるといった国内では前代未聞の画期的な企画であり、若い日本人女性を美術解剖学的に標本化しようとした大真面目なプロジェクトであった。
 ただし、ワイドショーその他のメディアでは、全裸しかも女性のピュービック・ヘアを露出させた「衝撃の」写真集としてのみ話題になって、それが黄色人種の日本人であろうとなかろうと、身体を写真として標本化し、それぞれの女性の体型を比較対照するといった科学的な見地と関心は、まったく度外視されてしまったのだ。

 後年、私はこのシリーズのうちの『YELLOWS 2.0 Tokyo 1993』を入手することができた。が、実際に本を開いて写真を見たところ、想像していた写真とはだいぶ違ってリアリティがなく、100名の女性の全裸に圧倒されることはなかった。それは何故か。

 この写真集の冒頭には、11人もの錚錚たる著名人が解説を寄稿している。飯沢耕太郎氏の解説の中に、そのヒントが隠されていた。

《どこにでもある撮影現場の雰囲気なのだが、やや変わっているのは三脚に据えられたカメラからコードが伸びて、ビデオ・モニターやパソコンと接続していること。電子スチルカメラのシステムを使っているため、シャッターを切るとその瞬間の映像がモニターの画面に出てくる。わずらわしいポラロイド撮影などする必要がなくて便利である。デジタル化して記録された情報は、あとでプリント・アウトすることもできる》

 写真集の巻末ページに記されていたシューティング・データに、“Kodak DCS3 Camera”とあった。そうなの…

人生ゲームと約束手形

※以下は、拙著旧ブログのテクスト再録([Kotto Blog]2011年3月1日付「人生ゲームと約束手形」より)。

 学生時代までに所有していた無数の古いボードゲームは、以前オークションなどでほとんど売却したものの、前に紹介した「シークレットポリス」や「人生ゲーム」の各種(ヴァージョン違い)はなかなか手放すことができず、今でも眠った状態になっています。  ミルトン・ブラッドレー社の「GAME OF LIFE」(=人生ゲーム)の初代盤が私にとって生涯初めてプレイしたボードゲームで、アート・リンクレター氏の肖像写真がとても印象に残っています。彼の肖像は備品のドル札の顔写真にも登場しています。
《2,500ドルをもって人生のコースをスタートし、さまざまな成功、失敗、仕返しを繰りひろげながら早く億万長者になったひとが勝つゲームです》
 子供から大人まで楽しめるボードゲームとは言うけれど、いま考えてみれば、「人生ゲーム」はかなり大人びた内容になっていて、小学生が「楽しむ」には、それなりの金銭感覚や経済、その他の知識が必要であったように思われます。
 実際、当時小学生であった我々が「人生ゲーム」で遊ぶとき、いちばんわからなかった、わかりづらかったのが、“約束手形”の切り方。  少なくとも我々がプレイしたときは、〈金が無いなら無いでいいじゃん〉という暗黙の方式をとりました。つまりどこかのマスに止まって、請求が生じた際、金が無いなら払わなくてもいい、という独自の子供らしい(ある意味安直な)ルールでした。  確かに、プレイ中に他人のドル札が次第に“赤く”染まっていくのを見ればゲームとしては盛り上がる反面、どこか悲壮感が漂うのも事実です。子供時代に「手形を切る」ルールを採用しなくて正解だった――とも思います。
 ちなみに、1980年の2代目「人生ゲーム」のルールでは、「借金」について以下のようになっていました。
《●銀行からの借金 必要に応じて20,000ドル単位として借りることができます。ただし次の場合は例外として借り出せません。
a 賭けをするとき、b 誰かから仕返しをされて100,000ドル払えないとき。
銀行家は20,000ドルごとに赤い約束手形と一緒にドルを貸しだします。借金を返済するときは20,000ドルのおさつに約束手形をつけて銀行に返します。500ドルの利息をとられ…

劇団鴻陵座『OH MY GOD!』を観たの巻

ついこのあいだのこと、地元の古河公方公園を訪れた際に、中世の戦乱期における古河公方の歴史について文献を読んだ。調べていくと、江戸城を築いた太田道灌なんていう人が出てくる。あまりに複雑に人物が絡んでくるので辟易としたのだけれど、室町時代の永享の乱あたりの史実では、1478年に起こった戦で、太田道灌らが築いたとされる国府台城(千葉県市川市)の名称が出てくる。これを、鴻之台城とも書く。  その国府台の文化的空気を多分に吸い込んだ鴻陵座の“彼ら”のもとへ、古河公方の町で生まれた私が、一つの演劇を目的に遭遇するというのは、何かの因果であろうか。いや、そんなものはありはしない。ありはしないが、でもひょっとして、これは神懸かった出会いであるのかも、と思い込んでみるのも面白い――。  市川市にある県立高校、国府台高校の文化祭・鴻陵祭は1948年に始まったという。まもなく70年を迎える伝統と活気ある文化祭。そうした高校で育まれた鴻陵生の卒業生ら十数名が集まって昨年結成されたのが、劇団鴻陵座。その鴻陵座の旗揚げ公演を、今月13日に観てきた。とんでもなく愉快だった演劇。熱く心のこもった舞台。これは私の、忘れられない一夏の経験となったし、おそらく“彼ら”にとっても、一生思い出に残る一夏の記憶となるだろう。
§
鴻陵座の旗揚げ公演『OH MY GOD!』。劇場は、京成新三河島駅から歩いてすぐのキーノートシアター(東京都荒川区)。ちなみに、この京成線で千葉方面へ東に向かい、荒川を越え、中川を越え、寅さんの故郷の柴又付近を越え、さらに江戸川を越えると、そこが国府台なのである。脚本・演出は根太一。キャストは棚橋直人、岡田リオス拓人、金児綾香、工藤桃奈、宮島吉輝、物永穂乃香、山田将熙、山脇辰哉。オープニングとエンディングテーマは、4人組歌モノロックバンドのcram school
 大雑把に『OH MY GOD!』のあらすじを書くことにする。  5人の大学生が集う「映像制作研究会」は、動画投稿サイトで圧倒的なアクセス数を誇っていた。そこに現れたのは、「神」と名乗る男。どう見ても人間にしか見えない。だが一応、「神」の神通力はあるようだ。そんな「神」の“お告げ”にしたがい、研究会の彼らはある動画を投稿するはめになる。が、この投稿がネット・ユーザーから非難され大炎上。カリスマYouTuber、タナトス…